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祖父から繋がる酒パワー?

2017年12月18日 at 16:04

僭越ながら、もうすぐ協会の冊子に私のインタビュー記事が掲載されるそうで・・・。
お願いしてサラッと流す感じに書いてもらったものの、生い立ち?部分で、高校から、社会人になって数年間、認知症の祖父の介護をしていた事が書かれています。

自分語りをして、苦労してるんだなぁ、とか思われるのはあまり好きではありませんので、少し補足を。

介護をしていた時、誰か他の人がやればいいことじゃないのか、何で親はやらないんだ、孫が面倒みるなんておかしいだろう、等々、色んな人に色々と言われましたが、まぁ・・・その通りですw。
しかし、そんな風に怒ってくれる人が手伝ってくれるわけでもないので、結果(当時)心優しかった私がやることになったわけなんですね~(ちょっと毒)。

誤解を恐れずに言うと、介護というのは、優しい人間ほど損をする仕組みになっています。それは制度が整ってきた今もあまり変わっていません。だから、育児も介護も同じで、行政サービスなどをうまく使ってなるべく「手を放す」ことを考えないと、想いが深ければ深いほど、しんどい思いをします。
それは、介護をする側だけでなく、される側も、です。(される方が、しんどいかも?と今は思います。)

ともかく、有段者だった体格良すぎな祖父の徘徊を阻止するため、リアルファイトしたり(って私も一応有段者ですが)、夜中に佐世保行かないと!と叫ばれたり、1日中お腹が空いて御飯を食べたがる時もあれば、後半は嚥下食しか食べられなかったり・・・と、介護生活は15年くらい?の長丁場でした。

でもそこは、何といっても10、20代という若さ(キラーン)。
学業やバイト、後に仕事と介護の両立という現実はなかなかに厳しかったものの、何とか乗り越えられました。
むしろそんな大変とも思っていなかったような。ほんと、若いって素晴らしい・・・。(←最近こればかり言っている、歳だな)

もう時効なので書きますが、祖父が度々行方不明になるため、大学時代の某必須科目の抜き打ちテストが受けられず、留年騒ぎになった事もありました。
しかし偶然、当時の副学長が私と同じバスで通っていて、バス停での私と祖父のデッドオアアライブなファイト劇を何度か目にしていたことから、補講を受けることで難を逃れました。

副学長は有名な教授でもあり、厳格で敬虔なカトリックで、剣道の達人という「威厳のある大人」。
にもかかわらず、助けられた私は彼を慕うあまり「Sちゃん」と呼び、ずかずかと研究室にドーナツ食べながら乗り込んでは、受けられなかった講義内容を何度もタメ口で質問する、という暴挙を繰り返しました。
Sちゃんは「そのドーナツはそんなに美味しいのですか?」と言って少し食べてみつつ、超難解なことを分かりやすく説明してくれました。何という神対応・・・涙。Sちゃん先生には本当に沢山のことを教えていただきました。

祖父には「人はいつか死ぬんだ」ということを身をもって教えてもらいました。自分が親になって思う事ですが、若いうちに死について教えるということは、親にはなかなかできないことです。どう生きるか、という哲学的なことを、若いうちにしっかりと考えるきっかけになりました。

Sちゃんには「ステレオタイプにならない」ということも教わりました。
当時の私は、服装や、周りの友人環境などから(詳細はとても言えばぜんっ!)、一部のお上品な先生方に目をつけられていました。
そんなヤツが『祖父の介護で授業が受けられなかったんでスぅ』なんて、ま~嘘くさいと思いませんか?(笑)。でもSちゃんは、一瞬も疑わず『彼女を進級させない理由にはならない』と言ってくれたのです。

努力は必ず報われるとは限らないけれど、誰も見てないと思っていても、誰かが見てくれているものだ、と、今も信じていられるのは、Sちゃんのおかげです。
そして祖父がSちゃんに会わせてくれたので、どこかで繋がっていることに、長かった介護生活も「悪くなかったな」と改めて思っています。

日本酒とイワシ煮付け

祖父の好物・イワシ煮付け

* * * *

じーちゃんやSちゃんとお別れする時に飲んだお酒は、何だかしみじみと美味しくて、銘柄と共に、しっかり記憶に残っています。(そして毎年命日に飲ーむ!笑)
お酒って、ハッピーな時によりハッピーになるだけじゃなく、色々あった時も、ちょっと考えさせてくれたり、なんだか「悪くない」と思わせる力がありますよね。
どちらかというと、色々ある時の方が、お酒の力を感じる事ができるんじゃないかなぁ、と思う今日この頃。

だから私は、この仕事をしているのかもしれません。(って、そこに繋がるんかーい!w)